猿 なぎ 洞門。 【山さ行がねが】道路レポート 国道158号旧道 水殿ダム~奈川渡ダム

一般社団法人斜面防災対策技術協会 富山支部

安曇三ダムこそ、現在の国道の生みの親といえる。 いくら何でも堂々と正面から進入するのは躊躇う。 土砂崩れの様子は、対岸に居住していた安曇村職員により撮影されており、土砂崩れの規模がこの映像から分析されている。

03に発生 火山噴火• その後(平成2年)から洞門を高山市側に延長する工事が行われた。

三本松トンネル

土砂は猿なぎ洞門を直撃し、9スパン中の3スパン、延長30 m中の10 mは谷底の梓川まで押し流された。 振り返る洞門の残存部分。

ここは明らかに奈川渡ダムによって水没しているであろうが、一方でその下流の水殿ダムは、必ずしも旧道に影響しなかったかも知れない。 ダム工事のため全線ダンプトラックが相互通行できるよう幅6. 路面にはバリケードや廃材が置かれているが、やはり事故の後に置いたのだろうか。

三本松トンネル

3mあった高さが1mまで押し潰された形でバスが見つかるなど、被災者を襲った衝撃は即死レベルだった。 14に発生• なお記録によると、30mの洞門のうち高山側(こちらは松本側)の10mは、土砂と一緒に川まで押し流されてしまったという。

この隧道は、 小雪なぎ隧道。

【山さ行がねが】道路レポート 国道158号旧道 猿なぎ洞門

崩壊した斜面は放置されていたわけではなく、写真右に写っているコンクリートの破壊された塊の表面を見ていただきたいのだが、金網で表面を固定されている。 ここは、海抜850mの水殿ダム堤体脇にある公園。

12
名称の由来 [ ] トンネルの名称は、現在の松本側坑口にあった、樹齢500年を超える3本のが三本松と呼ばれていたことに由来する。

[B!] 【山さ行がねが】道路レポート 国道158号旧道 猿なぎ洞門

地図を見ても分かるとおり、この区間には当時隧道はひとつも無かった。 6億円に及んだ。

16
前後の道が消失した状況で、この僅かな洞門だけが取り残されているのだ。 なお、前編では崩壊の模様が録画および放送されたと書いたが、その映像の一部がサイトで見ることが出来る。

三本松トンネル

しかし、梓川の水量が増える春までには水没する場所であり、(平成4年)4月7日には、橋場からまでの860 mを、仮橋2本を用いて結ぶ仮設道路が供用された。

10
地図を見る限り、今度はさらに長いっぽい。 5 mの片側一車線道路となり、総工費は地表の取付道路を含めて17. 長野県・長野県西部地震による 木曽川水系大滝川の土石流 1984. 落石覆工の倒壊は、、の洞門崩壊、などにみられるが、崩落の瞬間が映像として残る事は稀であり 、この映像は崩落時の運動に関する研究などに用いられている。